パスティッチェリアという名前の由来イタリア語でお菓子屋さんは「パスティッチェリア」といいます。 イタリア語で生地のことを「Pasta(パスタ)」。そう、スパゲッティ-もパスタ。ラビオリもパスタの一種。 つまり、「粉と水分を混ぜて練って、薄く伸ばした生地」、これがパスタの定義。 お菓子はまさにこの「パスタ」をたくさん使います。ここから「パスティッチェリア」という名前が付いたのでしょう。 (イタリアで”~屋さん”は”~テリア”といいます。ピザ屋さん→「ピッツェリア」、ジェラート屋さん→「ジェラッテリア」など) | ||
食材がやって来た!多くの人は、「”食”の起源はフランスにあり」、と思っていることでしょう。 | ||
世界のドルチェの歴史さて、イタリアだけではなく全世界で見てみるとドルチェ自体はいつからあったのでしょうか? ドルチェは人類の遊牧民の牧畜や農業の発達と並行して発達してきました。 植物を耕作する方法は代々引き継がれ、そして、穀物を挽いて粉が産まれ、そして、 粉を水と混ぜて石で焼くようになったのがドルチェの起源といわれています。これは、パンともドルチェともつかないものでしょう。 | ||
イタリアンドルチェの歴史イタリアでは、トリノ人の記録も残っていて、この辺では粉・チーズ・ハチミツ・油を茹でてケーキを作ってたと記述されています。また、ローマ人はギリシャ人にドルチェの作り方を習ったといわれています。古代ローマ時代186年、元老院は最初のパン屋を作るための法令を発布した、という記録も残されています。大カトー、マルコ・ポンチョ(前234~149:古代ローマの政治家)は薄い生地にハチミツとチーズを詰めたドルチェを記録しています。すなわち、現在のミルフィーユでしょう。この頃、油で揚げて生地を膨らませる技術も発見され、ベニエが誕生した。ナポリの「ゼッポレ ディ サンジュゼッペ」(揚げたドーナツみたいな生地にクリームを入れたもの)の基礎になっているといわれています。 | ||
ヨーロッパに広まるドルチェフランスヘはルネッサンスが始まる頃、カトリ-ヌ・メディチがフランスの皇太子アンリ2世に嫁いだ時に、すでにイタリアには伝わっていてた食材、 調理法、食事マナーなどを伝えたと言われています。世界に目を向けてみると、イタリアだけではなくアラブやギリシャなども含めて、何千年も前からお菓子は作られ始めていたというから驚きです! ヨーロッパでは、各地方によって気候が異なるため、収穫される穀物や果実も異なってきます。 各地方、それぞれのドルチェに特徴があるのはこのためでしょう。 そして、長い歴史の中で侵略を繰り返すうちに、各国のお菓子が他国伝えられていったといわれています。 | ||

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